歯を残す

「咀嚼機能の回復と維持」これが歯科臨床の目的だと考えています。この咀嚼機能を成立させるためには、「歯」あるいは「歯の代用物」の存在が必要です。一生を通じてご自身の「歯」で咀嚼が営まれるならそれに越したことはありません。ですからできる限り歯を抜かずに残して機能させることは最優先の治療だと考えています。残念ながら歯を残すことができなかった場合には、次のステップ「歯の代用物」すなわち「欠損補綴」の治療に進むことになります。

歯を支えているのは歯根膜という特殊な靭帯です。支えるという働きだけでなく、神経が張り巡らされ、刺激が脳に伝わることによって、食べ物を感知して噛み心地など司ってくれています。この優れた機能はいまだ人工的には作られていません。つまり人工歯根であるインプラントには繊細な食感が存在しないということになります。歯を残すということは歯根膜を残すということなのです。

もちろん何が何でも歯を残すというわけではありません。歯の量や質、お口の中全体から見たその歯の役割、患者さんの年齢や要望や管理能力など、「歯」「口腔」「人」をトータルで診て判断しています。
ここでは本来は抜歯になるであろう歯を治療で残し機能させているケースを紹介します。

むし歯ケース1
歯冠長延長術で対応

35歳女性。初診時の右側臼歯の状態。歯槽骨の位置よりも深くなるほど2本のむし歯が進行し、歯根の先に炎症像が見られます。通常は抜歯をして、欠損補綴治療になると思われます。患者さんの年齢もまだ若く、歯を残すことを希望されたため、保存治療を選択しました。

炎症の原因である歯根の中の治療をして、仮歯をつくって咬合を与えました。

歯と歯槽骨と歯肉の位置関係を改善させるために歯周外科を行いました。この程度の小外科では腫れることなどもありません。

歯周組織が落ち着いたところで、2本仮歯から本歯(クラウン)を装着しました。レントゲン写真像では歯根の先の炎症像が消えつつあります。

それから15年10ヶ月後です。後ろの歯がむし歯になってしまい、詰める治療など施してありますが、2本は変わらずしっかり機能しています。
レントゲン写真でも炎症像は見られません。初診時のような残根状態でも歯を残して機能させることができるのです。

むし歯ケース2
矯正的挺出で対応

治療途中で来院が中断して、むし歯が進行したケース。むし歯が骨の位置より深く進行してしまっています。このままでは差し歯ができません。

小矯正として、見て目は歯の形を確保しつつ、ゴムの力を利用して歯根を骨から顔が出るように引っ張り出していきます。これによって残根を利用して差し歯をつくることができました。

経時的にレントゲン写真で見ると、治療内容がわかりやすいかと思います。

外傷による
歯根破折ケース
外科的挺出で対応

悪いところを全部治してほしいと来院された患者さん。約7ヶ月で全顎治療を終了し、メインテナンスに入りました。それから3年後、転倒されてしまい、右上の差し歯の歯根が、骨の縁より深い位置で水平に割れてしまいました。

再度差し歯にするために、一度抜歯して、180°回転(前後ろ逆に)させて、破折した歯根面が骨の位置より外に位置するようにして再植・固定しました。安静にしておけば動かなくなってきます。これこそが歯根膜の働きの素晴らしいところです。

新しくかぶせものを装着しました。15年以上経った現在でも、問題なく機能しています。

歯周病ケース
歯周基本治療と
咬合調整で対応

58歳女性。初診時の右側臼歯。下顎の1本のみ、歯を支えている骨がすり鉢状になくなり(レントゲン写真像)、歯は上下に浮き沈みする動きがありました。このような状態は歯周病菌(歯垢)の繁殖に加え、過度な咬合力による影響(咬合性外傷)が考えられます。

歯周治療の基本に従って進めていきます。歯科衛生士による歯磨き指導→歯石除去です。治療経過の中で、咬み合わせの調整を施していきます。

初診から約1年後。咀嚼機能の回復が達成したため、メインテナンスに入りました。レントゲン写真像では、すり鉢状の骨は縁取りがはっきりした形に変化しています。骨が安定している証しです。

メインテナンス4年2ヶ月の状態です。レントゲン写真像では骨の縁取りがさらに明瞭になっています。

メインテナンス14年2ヶ月の状態です。大きな問題なく経過しています。このように骨の吸収が進行した歯でも、的確で基本的な歯周治療の技術があれば、歯周外科や再生療法といった特別な治療なしで、歯を残し機能させることができるのです。

歯周病ケース
歯周基本治療と
自然移動で対応

初診時。右下の小臼歯。歯を支えている歯槽骨の吸収が著しく、歯はぐらぐら動きます。

歯根の中の根管治療と歯石除去を行い、しばらく咬合させないようにして、歯周組織の安静を図りました。約4ヶ月後、歯は浮くように移動してきているのがわかります。歯のぐらつきはなくなっています。これが自然移動です。

落ち着いたところで、仮歯をつくり、咬み合わせに関与させ、問題がないと判断したところで最終的なかぶせものを装着しました。

経時的に並べたレントゲン写真。自然移動とともに歯槽骨が健康な状態になっていることがわかります。基本に則った治療のみでも十分に歯を残して機能させることができます。

治療例